私もか、発達障害。(ADHD)

母:身体障碍者 弟:知的グレーゾーン 父:いまのところ何もなし 私:三十路超えてADHD発覚。二次障害のうつと咀嚼しきれないADHDという言葉に翻弄されながらなんとか生きてる人間のつれづれなるままに。

本日のおはなし:姉の責任はどこまでだろう

祖母が入院したので小旅行してました。

 

うちは父が転勤族だったため、頻繁には祖母の家には行けない家庭でした。今でこそ新幹線で二時間かからないぐらいだけど、まあそれでもそう頻繁には行けない距離ですね。

両親共に出身が同じで、祖母の家も同じ減退県内にあります。祖父はどちらも他界。今回は父方の祖母が入院しました。とんぼ返りの予定だったのですが、せっかくそこまで行くならということで、母方の祖母(むっちゃ元気)の家にも泊まり、従妹の家にも泊まり(結婚済み:旦那さんもメンタルアレ系)、ついでのようライブ見に行ってきました。(ライブ行くのは一番の趣味なのですが、最近はなかなか家から出るのが辛くて行けてなかったので、遠出ついでに見に行って楽しい気持ちを補充して、帰ってからもお外出やすくしよう計画でした)

 

祖母の容態は良くはないけど悪くもない感じでした。心臓近くの血管の問題で本来なら即手術の大病であることは間違いないのですが、意識ははっきりしていて、会話もできます。しゃべると疲れるっぽいけど。

滞在期間を伸ばしたので、祖母のお見舞いは2回行けました。

その、2回目のお話です。

 

祖母はとても心配性で、いつも人の心配ばかりしている人でした。そしてそれを色濃く受け継いだ私と父。弟は比較的母方の祖母よりで、問題はありつつも本人のメンタルはそこそこ良好。

あ、そうだ。つい最近弟の療育手帳取得のための検査が終わりました。結果はまだです。母曰く駄目かもねーとのことでしたが、まあそしたら精神の方でとるしかないですかね。

 今回のお見舞いは急だったので弟は参加できなかったので、今度は弟も一緒にくるよ、あいつもとても元気だよと話していたところ……。

「あのね、とっちゃん(父)がね、まーくん(弟)のことが心配だって言ってたよ」

と、心配そうに話してくれました。

父が祖母に直接話した訳ではなく、おばさんに話してたのを聞いたのだと言ってましたが(そもそもそれがいつの話なのかも不明。大分昔の話かもなあ)まあ、明らかに弟の心配してますよね。

父が生きている間はいいけど、そのあとが心配だという話になりまして、私は躊躇わずに答えました。

「大丈夫だよ、私がいるから。私もお父さんに直接は言わないけど(お父さんが亡くなった後なんて縁起が非常によくないので)なにかあっても私がいるから」

 

内心では自分でもめっちゃ心配ですけどね。

 

まあでも、そこそこの覚悟はしてます。ずっと面倒みるわけにはいかないけども、面倒見てくれるところを探したりはすると思うし。先手をうって母がどこか探すかもだけど、母が元気に生きてるうちは、弟は実家以外で暮らすことを了承しないだろうし……。

まあでもその辺も、自分が大丈夫なら、という話なんですよね。

片親だけでも元気な元気な間はなんとかなる。だけど、病気したりなんだりってことが起こったときには、やっぱり自分がなんとかしないとって気持ちはあるんですよね。

親の介護とか必要になっても、弟をあてには出来ないので自分が踏ん張るしかないだろうし。そのへんはどこの家も同じかもしれないけど。

 

せめて弟が結婚出来ればね。お嫁さんと相談したり出来るかもしれない。

だがしかし、現状結婚のけの字どころか、恋人のこの字もない。ネット関連関連で恋人みたいな相手はもしかしたらいるかもしれないけど、リアルに会ってるかもわからない。人付き合いに積極的ではないので、独り身独り身であることを前提として考えておいたほうが無難に思う。

 

幸か不幸か私も結婚のけの字も恋人のこの字もない人生を歩んでいるので、そこそこ自分の症状と付き合いながら一人で生きていく術を身につけて、親や弟の面倒を見ながら一生を終えるのもありかもしれない……と感じてしまった。

親のため、弟のために生きるなら、それこそ生きる理由もできるしね。

 

でも、それって良いことなのかなあとも思ってしまう。

自分の人世は歩んでないよなあって。

 

とはいえ、自分の歩みたい道が今あるわけでもないけれど。

 

……まあ、これらすべてが今考えるべきことではないのかな、と調子が落ちそうになりながら考える。

考えすぎ、心配性は、祖母譲りです。

 

 

……というのが1ヶ月ぐらい前の話。

これを投稿するか否かで大分迷って、結果今に至る。(笑)

 

その間に弟が療育手帳とれたり、祖母が退院して(まだ家には戻れてないけど)もっかい名古屋言ったりと色々ありまして。

心境の変化も色々あって、

 

やっぱ自分のために頑張って毎日を生きなきゃな

 

というところには戻ってきました。

 

でもまあ、なんかあったときに動くのは結果自分だろうし、弟の面倒見るよってな気持ちも変わりませんけれど、そこそこでいいかなとは思えるようになってきた。

療育手帳とれたのはありがたいね。

なんかあったときにとれる手段が増えるという意味で。弟は使うの嫌がってるけど、今はそれでいいと思う。とれた、というのが大事。

精神と違って更新もないみたいだしさ。

 

思い直しはしたものの、一度は本気で悩んだことではあるので投下しておきます。

きょうだいにとっては一度は皆悩むことだろうし。

 

そんなところで。